第3話「覚醒~メザメ~」

恵美は闇の穴に対峙していた。
決意を固め穴へと一歩を踏み出そうとした。が、邪気が強すぎて前へと進めない。
「な・・・、足が・・・進まない・・・」
恵美の足はがたがたと音を立てて震えていた。
「進むしか、ないよね・・・・・・」
恵美は自分に言い聞かせ、一歩を踏み出した。


その時、恵留は千鳥家の鍛錬所にいた。
「そうか・・・、恵美が目覚めたか、闇の力に・・・・・・」
恵美と恵留の父、千鳥家の現当主、蒼輝は恵留と対峙していた。
「ええ・・・。よりにもよって彰、黒天童子によってとは・・・」
「恵留、私の鳥を受け取れ」
「え・・・?」
鳥使いが自らの鳥を他人に受け渡す事は即ち、その鳥使いの生命とともに鳥を渡す。死を持って、力を与える。
「――父上!何故・・・です・・・?」
恵留も混乱していた。
父、蒼輝の力ははるか恵留の上を行く。
「お前にしか、恵美を――、――彰君を」
蒼輝は一度呼吸を整える。
「――――止める事が、出来ないからだ」
「何故っ!?」
「恵留、黙って受け取ってくれ」
蒼輝は己の命がもう間も無く尽きることを知っていた。
だから今のうちに恵留に自分の力を授けておくつもりなのだ。
「恵留・・・・・・、私の命は間も無く尽きる・・・」
――――だから、――――だから、
「この世界を、救う柱となってくれ・・・」

――――蒼輝は自らの心臓を取り出した――――

そこには血がこびりついていた。
その奥に、蒼く、空のように済んだ宝石が埋まっていた。
「――――蒼天」
恵留は父の鳥を呼び出した。
「――――紅天」
更に呼び出す。紅天は母だった。
恵留の肩の上で蒼と紅の鳥が翼をはためかせていた。
「――――オレは必ず二人を、・・・・止める」
恵留の頬を涙が一筋流れ落ちた。

一哉も、自らの実家を訪ねていた。
「父さん、話がある・・・」
「分かっている。――彰君、だな?」
一哉の父、日向も剣聖の血を受け継いでいる。この世界に起こっている事象も少しぐらい読み取れる。
「闇が・・・増えてきたからな・・・」
日向は寂しそうに空を見上げた。空には雲がたちこめている。
青空が見えないほどに。
「彰君が遂に目覚めたか・・・」
「知って、いるのか・・・。父さん、草薙を・・・!」
一哉の言葉は日向によって遮られた。
「わかっている。だからここに帰ってくる気になったんだろう?」
「早くしないと、手遅れになってしまうかもしれないんだ!」
一哉も切迫した顔をしている。
力の衰えた剣聖が草薙を持っていても、黒天童子には勝てない。
それに、運命の輪には逆らう事ができない。
この世界の運命は一哉たちに託されたのだ。
「待て、今のお前では草薙は扱えないだろう。だから、恵留君と五日間寝ずに闘え。そして草薙を扱えるようになれ」
ここで、一呼吸の間。鼓動いっぱく分の静寂。
「やる・・。やるしかないんだ!」
一哉も心に決めていた。
――――彰を、恵美を救う、と――――

父から託された運命と草薙を手に、家の門を抜ける。
「――行ってくる」
「ああ」
(生きて、帰って来いよ・・・皆で帰って来い・・・)
「また、雲が増えたな・・・」


恵美は、闇の穴の中にいた。
足取りは重く、一歩一歩慎重に進んでいる。
その足の感覚が無い。
闇に支配された空間で感覚など有りはしない。
あるのは死の香り。ほのかに感じる己の鼓動。
「アベル・・・か・・・」
恵美はふと呟いてみる。だが、何も変わらない。
呼んでみようと何度も心の中で考えた。だが、止めておいた。
あまりにも無理だ。この闇で声が届くはずも無い。
そもそもアベルは眠っているのだ。
その眠りの揺り篭へ近づけば何らかの変化はあるだろう。
幸いにも闇の穴は一本道だった。
そのまま何分いや、何時間と歩いただろうか・・・

それが見えた。

水の塊に遠くからだと見えた。
近くへ寄って、手で触れてみる。
「あたたかい・・・・・・?」
中身がその球体からかすかに透けて見える。
「もしかして・・・、これがアベル・・・なの・・・?」
どくんどくんと弱々しい鼓動をそれは刻んでいた。
恵美はそれに手を当て囁くようにして言葉を紡ぐ。
「・・・闇の力を持つ者よ・・・我前に出でてその力を示せ・・・」


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